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MONTHLY ARCHIVE : 2005.05

05.31,2005 CATEGORY: 最近、思うこと

星夢の果てに

雨の中、散文。
   
良い画像を探すにあたって、毎回目の前に現れてくれる怪物がいる。
その怪物の名を「著作権」といふ。
けれども、もし採譜した譜面を掲載するのなら、
自分も著作権を明記するのだろうな。がんばったし。
譜面の場合、プリントアウトして使うだけだからそれで良いのだけれど。
写真となると、そうはいかない。
なわけで今こうして画像のない無味乾燥な白黒文字をパタパタ打っている。
  
Simple is ......?
   
その先にアレが続いてくれないと、ぼくとしては恐らく困ったことになる。
最近の身の回りは常に白黒だ。
譜面、ピアノ、本、ノート、ブログ、景色、自分。
デザイン構成行動全て、いたってシンプル。
こういう流れの中にいると、夜は眠るための時間へとなめらかに変化する。
夜が来た、寝よう。
朝が来た、起きよう。
太陽と闘い、月に守られ日々を過ごす。
   
変化を求めるでもなく、変化を拒絶するでもなく。
「RadiancePart8」を採譜し終え弾くことにより、
手に入れたものが具体的に何を意味するのかよく分かっていない。
目の前に広がる星ゝの欠片は申し分ないし、自分の仕事ぶりには満足している。
手ごたえだって感じている。あゝ、これだ、なんて。
結局はそれで良いとも思う。
何かを感じるために、ぼくは書いたのだから。
分からないなりに視界が開けた気もしているし、これはこれで良いのかもしれない。

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05.30,2005 CATEGORY: 映話

ミリオンダラー・ベイビー [ランダムノート]

評価:★★★★
監督 音楽:クリント・イーストウッド (2005/アメリカ/133分)
原作:F・X・トゥール「Rope Burns」
脚本:ポール・ハギス 字幕:戸田奈津子
撮影:トム・スターン 美術:ヘンリー・バムステッド 編集:ジョエル・コックス
出演:クリント・イーストウッド ヒラリー・スワンク モーガン・フリーマン
   
映画について書くのは二ヶ月ぶり、ということが関係しているわけではなく、
50分以内にとりあえず書き終える必要があるため、
今回は、まず始めにラフ段階としてメモに似た感想を追記に記すことにする。
観賞を前提に書き上げるため未見者は注意してください。
通常の未見者向けに書かれる記事は後日補完(出来るといいな)する。 read more

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05.25,2005 CATEGORY: 最近、思うこと

walking alone

「最近、思うこと」を英訳すると、今のところ「walking alone」となる、ことにする。
原題そのままではないけれど、翻訳という編集過程ではよくあることで、
印象を良くするためには題すら変えてしまう、というもの。
まぁ、今パッと思いついただけだったりするんだけど。
書く体力に欠けていた時期に浮かんだテーマで、
果たしてぼくは英題でも自分の色を保てるのか、と。
結論としては、英語を扱っても極めてぼく的なものになっていると思う。
かといってバリバリ英語が使えるわけではないから、少し悲しい。
でも「思うこと」を「独り歩き」とすることは、
自分で書いたわけだから100%の頷きを返すのだけれど、切ないことこの上ないなあ。
そう考える時点で、ぼくには淋しがり屋のキライがあるのかも。
    
さて「Radiance Part8」もいよいよ残り18秒。
2005年5月は間違いなくこのためにあったと言える。
CDとの音色差に少し苦しんでるから、ことさらに速度が遅くなってしまった。
やっぱり、低音は差が出るなあ。
安物ピアノなアンタにゃどの音も惑星間なみの違いがあるだろう、というのは置いといて。
それより何より音信不通の調律師が……。
まあ、いい。
今週中には仕上げよう。
   
最近デザイン(構造も)がかっこいいブログまとめサイトをよく見てる。
わざと「悪い」とされているものも載せているらしい。
白地に文字がありさえすれば良い、という意識を少しは変えてくれるのだろうか。
この歳での極端な美意識の変更は不可能ではあるけれど。
いや、ぼくが思っているほど、この歳は老けてはいないのかもしれない。
老けているのはぼく自身の話であって云々云々。
   
天才のマリオ(音でます)にただただ驚嘆する。
あまりに次元の違う弾き様には、笑うしかなかった。
世界は広い。
ちなみに、ご本人のサイトはコチラ
間違いなく著作権払ってないだろうなぁ、とかいうのはご愛嬌。
全ては聴いていないけど、どれも凄そうだなあ。
楽譜が掲載されているのもうれしい。
パッと見、クロノトリガーとキングダムハーツは質が良いとは言えなかったけど。
ちなみに、マリオの見れるgprime.netは他にも面白いものがある。
合唱団の任天堂メドレーは笑えます。
   
何かをピッと断定させるとか匂わせるとか、
そういうことは止めようかなー、て反省仕切り仕切り、っなんてするかバーカ!
嘘ですゴメンナサイ。
ドラマ「空中ブランコ」を観たけれど、
どうも「イン・ザ・プール」での松尾スズキが頭から離れず楽しめなかった。
松尾殿の伊良部と比べるのは酷なことだとは思うけれど、
うーん、映画を観た人は楽しめなかったろうなあ。
    
チャンピオンズリーグ決勝戦、
再放送ではあるけれどオープニングセレモニーからたっぷり3時間観た。
これは伝説になるかもしれない。
結果を知っているのに、前半戦でミランの勝利を確信してしまった。
改めてカカの恐ろしさを知った前半戦でもあった。
後半に入っても、ミランの優勝を祝うちょっとしたイベント程度にしか感じられない。
それほど厚い壁が出来上がっていた。
ヒイキ目ではなく、リバプールの得点シーンはどれも技術を超えた何かがもたらしたものだと思う。
だからこそなお、声高らかに言おうじゃないか。
がんばれ、オーウェン……。
   
今月はよく本を読む。
ダン・ブラウンを上下巻あわせて4冊に小川洋子さんの小説を2冊、
長野まゆみさんを1冊、漫画はたくさん読んだ。
勢いは止まらず、先日も3冊購入。
アンドレイ・クルコフの「ペンギンの憂鬱」と、
ロアルド・ダールの「チョコレート工場の秘密」に「ザ・インタープリター」を買った。
どれも現代の外国文学で「チョコ」はティム・バートン作品として今秋映画が公開される。
今更ながら気づいてしまった。
日本より世界文学という考えから出発し、日本の現代作家が面白いとするならば、
外国の現代作家はもっと面白いはずだ。
これがまさにその通りで、ぼくにはそちらの水のほうが合っているらしい。
中でも新潮クレスト文庫がお気に入り。高いけど。
整った装丁に読みやすい翻訳、何より作品それぞれが魅力的。高いけど。
「ペンギンの憂鬱」は今さっき読了したところで、内容には概ね満足。高いけど。
これほどまで恐ろしい小説には、お目にかかったことがないかもしれない。
一言で言って書評の幅が広げやすい小説だった。
かなり気に入っているので別途書くかもしれない、
なんて書くとまた嘘魔人になっちゃうんだよなあ。
   
こんなのあったんだという発見pianofiles.com
楽譜交換の仲介を目的としたサイトで見ての通り良くも悪くも英語さん。
日本でJAZZコピー譜が手に入るわけもなく、今のところここを頼りにするしかないのかも。
「RadiancePart8」の譜面はないようだし、
楽譜データさえ作成出来れば色々な譜面が手に入るのかなあ。
まあ、もちろんJAZZがどんな音楽かは心得ているから、
こういった方法を取ることもなくなるのかもしれないけど。
第一、採譜はあまりに疲れてしまうから、当分する気が起きない。
とはいえ日数とすると、
「My Wild Irish Rose」も「RadiancePart8」も等しく二週間で書けてるんだよなあ。
限られた時間内で作業していることを考慮すると中々のスピードかもしれない。
   
さて、明日はクリント・イーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」公開。
ぜひぜひ書いて、さっさとカテゴリー「映画」へ里帰りしたいところ。

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05.23,2005 CATEGORY: 音話

ラフスケッチ

05-05-21_21-45.jpg


採譜。
  
それは、暗闇にたゆたう音ゝを現世へと導く行為。
   
地球の居心地はどうですか?

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05.20,2005 CATEGORY: 最近、思うこと

最近、思うこと

敬愛する森博嗣氏が言うには、
自らの創造物の最高位に当たるものは日記らしい。
これを聞き(実際には読み)「ああ、なるほど」、と。
小説はノンフィクションでもない限り、常に虚構性を孕んでいる。
それが悪いというわけでもなく、だからこそ良いということでもなく、
とりあえず、それは事実な事実。
対して日記は純度100%?主観120%で唯一無二な現実を書き記したもの。
題材としては、まさに自らの「生」そのままであるから、個人の成せる最高の創造と言える。
   
足の裏がカユイのでかいた。
足の裏がクサイので念入りに洗った。
足の裏がクロイのでアイツを蹴った。
足の裏がイタイのでシップを張った。
   
その内容は問わない。
何だって良い。
足の裏だって良い。
「生」の記録を付けるということは考えてみれば、すごいことだなぁ。
よし、それではぼくの足の裏をお目にかけましょう。
   
ここ最近、ぼくはキース・ジャレットの「Radiance Part8」を採譜している。
正気の沙汰とは思えない。
それこそ一音一音違わず完全に採譜し続けている。
思えば、それはクラシック出身のピアニストとしては当然の行動だ。
近々、本格的に理論を学ぶ予定なので、闇雲に知識を入れる危険は避けたい。
だから、今はJazzを学ばない。
けれど、キースには触れてみたい。
どうすれば良いのだろう。
クラシック的アプローチしか出来ないぼくに何が出来るのだろうか。
結果、CDから聞き取り採譜していくという手段が選ばれた。
そういえば、小曽根真さんは小さい頃オスカー・ピーターソンをよく真似ていたという。
年齢からすればぼくは相当遅れてしまったけれど、
小曽根さんのオスカーがぼくにとってのキースなんだろうな。
   
それにしてもこの「Radiance」、ぼくは甘く見過ぎていた。
小曽根さんの「Margaret」、
キースの「My Wild Irish Rose」と円滑に採譜してきたため実態が見えていなかった。
聞いた感触では、サラッと書ける予定だったのに。
相手はJazz、それにフリーの即興、これで簡単に採譜出来るわけがない。
ぼくの才能の問題もあるだろう。
初期型のMDから聞き取っていることもあるかもしれない。
文明の力でスローテンポにすれば楽なのに、意地でもしないというつまらないプライドもいけない。
それにしても、時間がかかりすぎている。
トータル5分04秒の曲を現在3分18秒まで採譜し終えたところなのだけれど、
文字通り這って進むペースで書き続けている。
言葉にするのも恐ろしい。
何せ1小節書くのに30分もかかっているのだ。
たったの1小節、秒にして3,4秒に30分かけている。
もちろん、最初からこうなることを知っていれば、
ぼくはぼくらしく白旗を喜んで挙げていただろう。
だって、残り100秒としてまだ15時間以上かかるかもしれないのだから。
これを苦行と呼ばず何を苦行と言えようか。
はあ、憂鬱になってきた。
始めのうちは軽快にタッタカタッタカ書いていたのになぁ。
12段の譜面に書いていて、一枚につき12小節、
パーッと一枚書き上げて弾いたときの感動といったらなかった。
   
うっわ……俺様、カッコイイ……。
あんた、輝いてるよ。最高だよ。
ほれた。好きだ。愛してる。結婚してくれー!
   
これが一曲になったら、気絶するんじゃないかと思ったぐらい。
もう、調子に乗った乗った。
気絶したい。もう、死んでも良い。続きを書こう。
ああ、あの頃は微笑ましかった。
前途に燃える麗しき青年の姿は、今やゲッソリやつれて息も絶え絶え。
焼酎かっくらいつつ、ああでもないこうでもない、
とイライラしながら書き続けている姿は見るに耐えない。
救いがないのが「今止めたら、続きは二度と書けない」と分かっていること。
小曽根さんの「ビエン〜」が半分書いて放置されているのは、
「また、いつか書けばいいや」という気持ちがいけなかった。
「Radiance」はそれよりはるかに強敵なのだから、今止めれば確実にお蔵入りとなってしまう。
これは試練だ。
楽な道へ逃れたが最後、二度とキースの顔は見れない。
   
よし、キース待ってて。今会いにいくよ!
   
えっと……、今から15時間後くらいに。はぁぁ……本日帰結……。

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05.18,2005 CATEGORY: 本話

コジコジ COJI-COJI

著:さくら ももこ
発行:幻冬舎コミックス(2002/3/30/日本)



不思議で愛らしい生き物たちが奏でるメルヘンなお話
それは時に鋭く、時にゆるく、時にゆるい


一部に絶大な支持を受けている「さくら印」の傑作メルヘン。
日本で一番売れているメルヘンではないか。
上記画像は、完全版として幻冬舎コミックスから発行されたもの。
同じ内容の安価版も発行されている。
ぼくとしては値は張るけれど、装丁が素晴らしいこちらをオススメしておきたい。
   
さくらももこさんの才能は疑いようもないもので、
それは稀有であり、ぼくらの延長上にあるものでもある。
何より作品の持つ空気が心地良い。
読んでいて、まったく疲れない。
そうして無防備にさせられたところで、サラリと「本当のこと」を語られるのだから脱帽だ。
楽しくて心に響いくお話を書ける、というのはスゴイことです。
   
ぼくのお気に入りは第一話「コジコジはコジコジの巻」。
この話は、全てが面白くて面白くてどうしようもない。
メルヘンの住人は人間を楽しませる、という使命がある。
メルヘンの学校はそのためのお勉強をする場所だ。
ミッキーマウスやスヌーピー、ドラえもんは英雄扱い。
そういう世界で、コジコジは先生にこう言ってのける。
   
「ミッキーマウス?それ誰?」
「コジコジッ!キミは勉強不足だぞっ!!」
   
そして、少しも悪びれることなく究極の一言。
   
「勉強っていうの一回もやったことないよ」
   
先生は当然のごとくコジコジを叱る。
勉強しない奴はダメな奴だ。
上を目指せ、下を見るな、がんばりなさい。
とにかく、がんばりなさい。
   
コジコジは言う。
毎日寝て食べて遊んでる、悪いことはしない、これっていけないの?
将来何になりたいって?
コジコジは生まれた時からコジコジだよ、将来もずーっとコジコジだよ。
   
スゴイ、が、
ここで終わらないことがこの作品を完璧たらしめている。
よくも悪くも、コジコジというキャラクターは21世紀にあまりにマッチしていて、
書き手の目から見ると凄みさえ感じられてしまう。
当たり前を当たり前とする前に、まず考えてみることを彼、あるいは彼女は常に教えてくれるのだ。
さくらももこさんは、恐ろしいキャラクターを生み出したものだなぁ。

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05.12,2005 CATEGORY: 本話

偶然の祝福

著:小川洋子
発行:角川書店(2000/12/30 日本)



「私」はシングルマザー、職業は作家。
小さな小さな一人息子と愛犬アポロと慎ましやかに暮らしてる。
そんな「私」の7つにわたる偶然が生む7つの短編集。
   
息をつめ、震える心で祈り、願えば、小さな奇跡が起きてくる。

 
本書は1998年から99年にかけて「本の旅人」にて連載されたものに加筆したもの。
時系列はバラバラに1つの物語が少しずつ語られていく。
登場人物には他の作品に関連した人物がいて、ファンにはうれしいところ。
本書からの広がりとして、同著「まぶた」も紹介しておきたい。
物語によれば、「まぶた」に収められている
「バックストローク」を書いた作者は「私」ということになっている。
「偶然の祝福」単体で十分成り立っているため、そちらは副読本という認識で構わない。
   
さて、本について書くのは随分と久しぶり。
逃げ、というわけではないけれど、
本に関しては力を抜いて「talk」に主眼を置いて書いていこうと思う。
「あらすじ」も著者および出版社に沿ったものをのせる。
何処にも見当たらなければ、簡潔に最低限のことを申し訳ない程度に書いておこう。
その時の気分次第で、想起文、読書感想文と様々に化けていくことが予想される。
とはいえ、その結果書評染みたものになることもあるかもしれない。
ま、言い切るのはやめておく。それが大人ってものさ。
気軽に趣味についてポンポン語っていくことが今の自分にはプラスになるんだと思う。
さー、「偶然の祝福」について語ろう。
   
角田光代さんが言っていた。
作家と小説を結びつけて読むのは、つまらないことだ、と。
その作家の想像力を味わうという意識から、真の読書は始まる。
これは俳優と役を結びつけて考えることは、つまらない、と同じこと。
とはいえ、本書は結び付けざるを得ない。
何しろ作家の書く作家なのだから。
100%ではないにしろ「私」と小川洋子さんは、
少なからずシンクロしているのだろうなぁ、と疑ってしまう。
   
ぼくが文章を紡ぎ出せなかった時期に読んだ、
というとこもあって、この小説は書き手応援本となってしまった。
書くことは辛いこと。
けれど、それは同時に、とてもとてもいとおしいことでもある。
    
ご多分に漏れず、ぼくの一番のお気に入りは「キリコさんの失敗」だ。
少女が万年筆で「何か」を必死に書いている。
それを暖かく見守るキリコさん。
ぼくの周りにはキリコさんはいない。
けれど、キリコさんに代わるメッセージには幸い恵まれていると思う。
友人が冗談ではなく「お前スゴイな」と言ってくれたことは、
今もぼくの胸の奥の深い深いところに刻まれている。
それは小さな出来事なのかもしれない。
いや、小さな出来事にするべきなんだろう。
愛すべき小さな出来事として胸に秘めつつ、それをバネにさらなる大海へと進むのだ。
   
「さあ、これで書くのよ」
   
その言葉は誰に向けられたものなんだろう。
新たなる書き手たちと、自分自身に言い聞かせている、のかな。
意図はどうあれ、少なくともぼくは小川洋子さんに肩をポン叩かれたような気がした。
   
小説とは偶然の塊だ。
そのどれもが現実的ではない。
人が一生をかけて出会う偶然に主人公たちは一日で出会ってしまう。
不思議なことにそうして形作られた小説は、
時としてその人にとって何よりも美しいものになってしまうことがある。
   
ああ、なんて書くことって素敵なんだろう。

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05.10,2005 CATEGORY: Free

Radiance、その先へ


   
収斂されゆく想いが闇夜へ溶け込み、ある瞬間ポッと光を放つ。
やがて、その光は量を増し、その存在を主張し始める。
ポッポッポッポッ、闇は友達、光へ進め。
   
Radiance -発光、光輝、(目、顔の)輝き
   
キースは、ぼくにとってアイドルであり師であり、神となる。
時によると彼は、絶望の淵へ救いの手を差し伸べてくれもすれ、
時によると彼は、絶望の底へと叩き落してくれるのだ。
彼の手から紡ぎだされるそれらメッセージ、音を形容する一言は簡単だ。
   
「何なんだ、これは」   
   
確かに言えることは、それが人間の手によるものだというただそれだけ。
そして、ぼくらは単純且つ深遠なる世界へと誘(いざな)われる。
   
風邪を引いたのは4月30日だった。
それ以来、咳が止まらない。
休みなく走り続けた結果がそれならば仕方がないとも思う。
ぼくは様々な場所へ走り続けていた。
教習所へ行くに映画館へ行くに、何処へまでも走っていった。
  
時間がぼくを追い掛け回す。ぼくは時間を振り切った。
   
その甲斐あって、教習所はあと10時間を残すのみ。
これだけは言える。
ぼくは運転免許証を勝ち得るためにがんばっていたんじゃない。
時間を手に入れるために。音楽のためにがんばっていた。
全ては弾かないピアニストの殻を破るため。
  
Radiance、その先へ。
ぼくはあまりにも他人のことを考えすぎていた。
ぼくのぼくによるぼくのための人生を始めよう。

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05.01,2005 CATEGORY: Free

天皇賞・春(G1)反省会-2005

1 スズカマンボ     3.16.5
2 ビッグゴールド    1.1/2
3 アイポッパー     ハナ
4 トウショウナイト   ハナ
5 ハーツクライ     2.1/2
6 リンカーン      ハナ
7 マカイビーディーヴァ クビ
8 マイソールサウンド  クビ
9 ユキノサンロイヤル  1/2
10 ザッツザプレンティ  ハナ
11 アドマイヤグルーヴ  2.1/2
12 ハイアーゲーム    ハナ
13 ブリットレーン    ハナ
14 サンライズペガサス  アタマ
15 チャクラ       アタマ
16 ヒシミラクル     3.1/2
17 アクティブバイオ   クビ
18 シルクフェイマス   2.1/2
   
反省も何もないレースになってしまった。
スタンド前で興奮したシルクフェイマスが全てなのかなぁ。
スローで落ち着いていた流れが、一変してしまった。
それでも追い込んできたトウショウナイトは真に強いということなんだろか。
   
それにしても、ビッグゴールドの粘りは褒められるべきだし、アンカツはサスガの一言。
でもでも、やっぱり他の馬がふがいないなく思えてくるのも事実。
最近の春天はこんなのばっかり。
まぁ、結局終わってみればサンデーサイレンスなんだよなぁ。

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05.01,2005 CATEGORY: Free

天皇賞・春(G1)予想-2005

11R 天皇賞(春) GI 京都
サラ系4歳以上オープン 
3200m芝・右 外     定 量 
 1  1ザッツザプレンティ   58.0 岩田康誠    橋口弘次郎
 1  2アクティブバイオ    58.0 小牧太     崎山博樹
 2  3アドマイヤグルーヴ  56.0 武豊       橋田満
 2  4トウショウナイト    58.0 武士沢友治   保田一隆
 3  5ユキノサンロイヤル  58.0 小野次郎    増沢末夫
 3  6リンカーン        58.0 福永祐一    音無秀孝
 4  7シルクフェイマス    58.0 四位洋文    鮫島一歩
 4  8ヒシミラクル       58.0 角田晃一    佐山優
 5  9チャクラ         58.0 後藤浩輝    安達昭夫
 5 10スズカマンボ      58.0 安藤勝己    橋田満
 6 11ハイアーゲーム    58.0 吉田豊     大久保洋吉
 6 12マカイビーディーヴ  56.0 G.ボス     L.フリードマ
 7 13アイポッパー      58.0 藤田伸二    清水出美
 7 14サンライズペガサス  58.0 幸英明     石坂正
 7 15マイソールサウンド  58.0 本田優     西浦勝一
 8 16ハーツクライ      58.0 横山典弘    橋口弘次郎
 8 17ビッグゴールド     58.0 和田竜二    中尾正
 8 18ブリットレーン      58.0 吉田稔     加賀武見


本命がいなくて、人気はバラバラ、
おまけにG15勝の外国馬がいるという何とも買いにくいレース。
大逃げするような馬はいないんだろうか。
よく分からないなぁ。
適当に斬って、適当に買って、適当に見るか。
   
ザッツは鞍上魅力も信用出来ず。
グルーブは、むつかしいところだけど距離適正なしとみて斬り。
トウショウナイトは前走、前ゝ走の実績が魅力。
ユキノサンロイヤルの小野次郎は上手いと最近友人がよく言ってるけど、
うーん、ちょっと怖い。
リンカーン他大勢は斬り、ヒシミラクルは人気があっておいしくないので斬り、外国馬も斬り。
シルクフェイマスは晴れれば、アイポッパーは勢いと鞍上で買いたい。
個人的にはサンライズペガサスを押したいけど。
どうかなぁ、むつかしいなぁ。
   
◎シルクフェイマス
○アイボッパー
△サンライズペガサス
×ユキノサンロイヤル
×トウショウナイト
  
シルク頭にワイド買って、アイポッパー適当に流す感じで。
  
ワイド 7-4,5,13,14
馬連 7-13      


うーん、チキン馬券だ。


実際に買ってきた。
ホントに買うのは久しぶり。なのにこんなレース。
結論は以下。  
   
12、13、14をワイドBOXで。
   
雨が降ると決め付けてシルク斬ってきたけど、自信13%てとこかなぁ。

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05.01,2005 CATEGORY: 最近、思うこと

最近、思うこと

可笑しな世界が存在している。
それが何らかの力を有していることは分かるのだけれど、
具体的に価格をつけられてみると、どうにも納得出来ないところがある。
村上隆氏はその主たるところかもしれない。
出世作ヒロポンを見れば、誰もがこう言い放つだろう。
  
「お前何か、嫌いだ」
   
いや、これは褒め言葉なのだ。誓って他意はない。
現代アートの可笑しさを語る言葉などないのだから、
俗世間との対比で語っていくのが一番分かりやすい。
同時に、あの世界をぼくはうらやましくも思う。
同様に狂った現代アート、現代音楽さんは商業として成り立てないのだから。
   
何しろご本人の口から語られることが揺らぎに揺らいでいるため、
詳細な分析など意味を持たない。
東大オタク学講座第8講を真面目に受け取れる人が果たしてどれほどの数存在するのだろう。
まぁ、あれですか。
受け取れちゃった人は、ぼくと病院へ行きましょう。
   
まったく、言葉にするとズルい。
説得力に押されてしまう人もいるだろう。
超理論?詭弁だ。
幼稚論?詭弁だ。
しかし、現実として彼らは実に洋々たる様である。
そして、ぼくらは何が正しくて何が間違っているのかが分からなくなってくる。
   
けれど、倫理の境界線で上手に生きている彼らは、
心から楽しんでいるように見えてしまう。
世間体を気にして、せせこましく生きてしまっている自分がバカらしく思えてくる。
得体の知れない大パワー、超理論。良いなぁ良いなぁ。
  
薄暗い道を通ってきた今のぼくに超理論は眩し過ぎる。
ところによれば、行き過ぎた美学の仲間入りをしてしまうこともあるかもしれない。
そこから戻ってくれば、素敵世界の幕開けなのだけれど、非情に危ういところだなぁ。
まぁ、狂うなら狂うでいろんな人を巻き添えにしたいから、
少しずつこういった可笑しな世界についても書いていこうと思う。
最後に、オタクがカッコよく見れたら矯正完了。
やっぱり、ぼくと一緒に病院へ行きましょう。

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05.01,2005 CATEGORY: Free

何者でもない何者であるということ

長い間、村上春樹氏の言うところの深い深い井戸で限りのない眠りに落ちていた。
それは「仕方なく」といった類のものではなく「自ら望んで」の行動だった。
音が音として聞こえない。
言葉が言葉として出てこない。
ただ生きて、ただ過ごすだけの日々が続いた。
一行も書き出せない時があることは知っていたし、その対処方法も心得てはいる。
ぼくは電車の中で小川洋子さんやフランツ・カフカの本をいくつか読み、
家に帰ってはアキ・カウリスマキの映画をいくつか観た。
どれも悪くなかったし、むしろ幸福な気持ちにさせられた。
けれど、それだけだった。
結局のところ、それらはピースになりこそすれ、一枚の絵にはなれない。
ぼくがコネコネと練り上げて、何とか1つのカタチにしてあげる必要がある。
それには時間とタイミングが必要だった。
   
あなたは何者であろうか。
ぼくは何者でもない何者である。
経験則からくる心の配置に意味などない。
何が人をヒトたらしめているのか、魂は何処にあるのか、
その問いは楽しくはあれ、答えはない。
ぼくは意味を強烈に求めるし、無意味にさえ意味を見出そうとする傾向にある。
けれど、意味に絡め捕られて前に進めない状況を受け入れるような人間であろうとは思わない。
   
このblogを始めるに当たって言われたことがある。
「Author:Sizuku」は入れておきたい、と。
それを言ったのはデザイナーだった。
そのデザイナーを「Ail」と明記しているけれど、現在の彼の名前は分からない。
ぼくの「Sizuku」でさえ揺らいでいるのだから、この辺りは後々書いていくとしよう。
ここで言いたいことは、他の人の目から見てSizukuは物書きらしい、ということだ。
ぼくは物書きである自分をあまり意識していない。
何故か。アイデンティティーが音楽にあるからだ。
そのことがより問題を複雑化していると思う。
自分は音楽の人だから、適当なことを言っても構わないだろう、という打算はなかったか。
いや、しかし、人を傷つけない文章など存在するのだろうか。
逆に人を傷つけない文章に意味などあるのだろうか。
そうして、行き場のない思考はグルグルとただただ同じ場所を回るばかり。
  
ピアノがある。
何か1つでも良いから、鍵盤を押してみる。
   
音が響いた。
   
ただそれだけのことが中々出来ない。
そして、ただそれだけのことが出来ない人のいかに多いことか。
   
誰かの声が聞こえてくる。
もっと、自分を大切にしなさい、と。
きっと、そうするべきなのだろう。
ぼくはもっと自分を大切にするべきだ。
他者へ向けて放った言葉が自分に返ってくるということが、度々ある。
ぼくはその言葉を他ならないぼく自身にもっとよく聞かせてやるべきだ。
その方法がこのblogという形態を選ぶのなら、ぼくは書き続けよう。
   
それは、何者でもない何者であるぼくのためになるはずだ。
何しろ、ぼくらは何者でもない何者であるしかないのだから。

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